足りないオーケストラ
練習ははっきり言って辛いんだけど、俺一人が面倒臭がってサボったりしたらみんなに影響が出ちゃうから。
「だいぶ上手くなったな、十代」
フルートを吹くのをやめて声のするほうに目をやると、コントラバス奏者の亮先輩がいた。
「まだまだだよ」
この楽団は厳しいから、目上の人には先輩を付けなきゃいけないんだけど、俺は外ではカイザーって呼んでる。
「亮先輩は練習しないの」
「残ってまでしないさ」
「じゃあなんでいんの?」
「おまえが演奏してたから」
気になって……と言うから、ふうんと返してまた吹き始めた。
気が付けば亮先輩が楽器を持ってきて一緒に合わせる形になっていて、でも亮先輩は気まぐれに弾いたり弾かなかったりで演奏は寂しいものになったけど。
夜も更けようとしたので、その日は解散となった。帰り際に亮先輩が、
「明日、楽器を持って朝七時に屋上ステージに」
と言ったので、フルートを持ち帰った。
翌朝時間通りに屋上ステージに行くと、亮先輩はもうコントラバスといた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
亮先輩はコンサート用のスーツを着て立っていた。俺は私服で来ちゃったけど大丈夫だったみたいだ。
「練習曲を吹いてくれ」
言われた通りに吹くと先輩も入ってきた。今度は抜ける所もなく、完璧なセッションで、演奏が終わると気持ち良くてつい亮先輩を振り返ると笑ってくれた。
「十代」
コントラバスの弦を指で弾きながらぽつりと言った。
「最高のオーケストラだった。良い演奏ができたよ」
空は雲一つなく風は優しく髪を撫で、音の響きもよかったけどさ。
「オーケストラって」
全然足りねーし、と笑うと亮先輩はコントラバスを寝かせてステージを出ようとする。
「……亮先輩?」
「カイザーでいいさ」
「じゃあ、カイザー」
カイザーは出口まで歩いて一度こちらを向くと「練習曲を」と言って、俺は不審に思いながらもまた同じ曲を演奏した。
目を閉じて俺の音を聴くカイザーを見ていると変な感じがして、涙が出てきて途中から音色はガタガタになった。
それでも静かに聴いているカイザーに、もう演奏を続けられなくなって。
「やっ……カイザー!」
自分で買った高額のフルートを地面に置いてカイザーに駆け寄って「いかないで」と言った。
「俺は帰るだけだぞ?」
「わかってるわかってるけど」
「おまえの成長を見たかっただけで」
泣き出す俺を慰めると、フルートは拾えよと言って帰っていった。
途中で演奏をとめてしまった。
フルートを撫でて一息つくと演奏を再開した。
(空に溶け込む音に溶け込んだのは)