昇華
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骨折、練炭自殺、同キャラ
あとちょっとリスカ表現
いやそういうの無理!な方は
別の作品で楽しんで頂けたら嬉しいです。
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嫌なことがあるとそれをわかるようにしておく。いつからか始まった兄の悪い癖だ。いや、日記に書きとめておくとか、そういうものではなくて。例えるなら、【今日も生き延びた】と無人島での生活で木にナイフで日数を彫るようなそれだ。木やナイフではなくて己の身体とカッターに変化しているけど。
「りょーぉ」
ただそれは確実に【生き延びた日数】であるのだと思う。
「りょーぉ。りょー」
「……なんだ?」
何でだか兄は俺の名前をはっきり呼ばない。呼ぶときもあるけど普段は呼ばない。そもそも普段が呼べない状態なのだ。フラフラしてて呂律が回ってなくて。
「だっこ」
兄はベッドから出てこない。そのくせ寂しがりで俺がいないとすぐ吐いて。比喩ではなくて本当に俺がいないと何もできない、何もしないというひと。確か三年前には普通に外に出て普通に元気で普通に過ごしていたはずだったけど、何があったのかある日を境に兄は日の光を浴びない人間になった。
せがまれてベッドに上がり兄を抱きかかえると、やはり折れそうだった。確か三年前には俺より体格も良くがっしりしていて首筋もこんなに細くなかったはずだった。やはり何があったのかあの日を境にどんどん弱ってしまった。ぼうっきれのような白い腕で兄は俺の首を捕らえる。
兄のベッド、いや兄の部屋に足を踏み入れることができるのは俺だけ。俺だけで、他人が入った瞬間に兄は。
「もっとつよく」
「強く?」
本当は兄をこんな風に抱きたくない。加減というか、触れるように抱きたくないという意味だ。俺だってもっとこの腕に力を込めてやりたいと思う。なにもできない兄がどうしようもなく愛しい。愛しくてたまらないと、だけどこのひとを強く抱いたら絶対に壊れてしまう気がして、ひとの身体なんて本当に脆いものだから。
「駄目だ」
「いやら、もっとつよく」
「さっき……薬を飲んだだろう?」
「ううん」
兄は嘘を吐く。俺に側に居てほしいから。素直になるのはほんの一瞬で、……と思ったが兄はいつも素直なんだろう。素直に嘘が出てくるのだろう。俺に側に居てほしいから。
「もっともっと強くぎゅうってして!!」
肩にちからなく噛み付く兄は子供のようだった。そこが愛しい。俺だけしか見てない兄が本当に、俺のもののように思えて。俺の身体に必死に傷をつけようとする兄がたまらなく愛しい、いとおしい。しばらく切ってない爪で引っ掻いて、噛み付いて、その行為に一人で自己嫌悪して自分勝手に涙する、俺の兄が。
「折れるぞ?」
「折ってよ」
「そうか……」
首に回された腕を解いて、腕ごと身体を強く抱くとポキリと音がした。
「折ったぞ?」
手を離してやると、痛みに顔を歪めて兄は後ろに倒れた。
「うで」
「ああ。腕が折れた」
「う……動かない……!」
「当たり前だろう」
ひゃあん、と兄は泣き出した。もう亮が抱けないと泣き出した。ぬらりと覗く舌も次々にこぼれてくる涙もシーツを叩く長い髪も煩い金切り声も俺を蹴る脚も全て全部が、兄の全部が愛しい。
いい加減痛くなってきたので片脚を掴んで上に引っ張るとまたポキリという音がして、兄はいっそう煩く泣いた。
「兄さんが折れと」
「い……いたくてないてるんじゃ、ない」
強がりか?いや、兄さんはいつでも素直だから強がりなんかじゃないんだろうなきっと。可愛らしく思えて微笑んでやると兄さんもうっすらと笑ってくれた。
のしかかって服を脱がすと、シーツに負けないくらい白い肌がまぶしかった。浮き出ている肋骨も折りたい、折ってと兄がいったから……。
「りょ、ぉ」
「ん?」
「死のうか」
「兄さんは死にたい?」
「死にたい」
「じゃあ、死のうか」
「死のうか……」
どうやってこの兄を殺してあげよう。一緒に死ぬなら俺も兄に殺されたい。だけどもう兄には腕がないし、きっとこのひとは舌を噛み切って自殺する勇気もない臆病者だから、俺が殺してあげるしか兄に安心は訪れないんだと思う。
「しちりん」
目を瞑った兄がぼそりと言った。「だいどころ」
どうして知っているのか台所の隅に埃を被ったステンレス製の七輪と練炭とマッチがあった。兄の部屋に戻る途中で吐き気止めの薬とガムテープを持っていった。
兄の部屋には窓が無い。唯一の出入り口の扉の隙間をガムテープで固定して、散らかった部屋の中央で練炭を焚く。兄の部屋が狭くてよかった。
「亮。死ぬの?」
「ああ、死ぬぞ。よかったな」
髪を撫でると兄は震えた。身体を起こして吐き気止めの薬を飲ませると、また兄は震えた。
白い肌に指を這わせて、首筋に肩に胸に、軽く口付けをしてやる。ちゅっ、ちゅっ、と、わざと音をたてて。
「一酸化中毒で死ぬと」
兄がまた震えた。
「死斑は桜紅色になるらしい」
兄の血色がよくなるということなのだろうか。俺は兄の白い肌が好きなのに。この白く不健康な肌がもうすぐべにいろに染まるということなのだろうか。酷く気持ち悪い。
そろそろ部屋に煙が充満してきた。ぐらぐらする。咳き込む。
「亮……」
「しん、ぱいしなくて、いい。……すぐ死ねるから」
「ちが、亮、好き」
真っ青になって震えっぱなしの兄が言った。とても揺れている。手を離したらそのまま倒れてしまいそうだ。目がどこを向いているかわからない。今なんて言った。
「りょ、」
「俺は兄さんこと嫌いだよ……」
七輪の下の床がヂリヂリと焦げて音を立てる。
「心中、は。来世で結ばれるようにと行ったもので」
「りょう」
「だから、今は兄さん、嫌い」
くたりと兄が崩れた。もう死んだのか。ああ、愛しい。俺ももうすぐ死ぬんだろうが、この身体をずっと離していたくない。練炭自殺をすると緑色になるとかいう人もいるが、兄さんはこんなに綺麗じゃないか。
触るとまだあたかいし。
あっ……?ったかい。
ああ、最期に……唇にキスを。
するのを……、
わすれ て